思い込みや常識は可能性を制限している?①

こんにちは。

今日は、思い込みや常識についてのお話しです。

 

思い込みや常識にとらわれると、自分の可能性を制限することになります。

だからと言って、他の人に迷惑をかけてよいということではありませんので、基本的な相手を思いやり、自分も相手も尊重する関係性を築いていることが前提でのことです。

 

普段日常生活で限られた関係性の中では、自分の思いこみや常識にとらわれていることには氣がつきにくいものです。

同調している場合は、特にそれが当たり前だと思っているので、なおさら氣がつきにくくなります。

違う価値観を持った人と関わることで、自分の思いこみや常識として囚われていることに氣がつくことが多くありますから、今までの環境とは違うところや、人たちと関わることも時には必要ですね。

 

日常でも度々耳にする「もう、○○歳だから・・・」という言葉。

これも、あなたの可能性を制限する言葉です。

何か新しいことにチャレンジしようとするときに口にしていたりしませんか?

興味があって、やってみたいと思うのに「今更・・・」といって、迷っていませんか?

迷っている場合、この言葉に隠されている本音は、「このままの毎日が続くのは望んでいない」「何か変わりたい」「面白そうだからやってみたい」というようなものが殆どです。

このような内側の声に素直に従えるとよいのですが、常識やら周りからの見た目などその他の色々な外側の条件(思い込みや常識と言われているもの)にとらわれて、内側で葛藤が生じて迷いになり、この状態のまま停滞することにも繋がります。

また、迷う時には恐れも隠れていることが多いものです。

 

年齢を氣にされる方も多いのですが、確かに長年働き続けている体ですから、ケアも必要ですし無理するのは違いますが、本当に何かに取り組みたいと思っているのならば、そのためにどのようにすればよいのかという対策をとることもできます。

そして、好きなことをしていると、エネルギーが内側から湧き出てきて循環されるので、実年齢よりも若々しくなります。

実年齢は、地球に誕生して何年経っているかという数字なだけなのですが、そこにこれまでの一般的と言われている色々な状況を当て嵌めて、○○歳はこういうものだと勝手に作られたイメージに自分を重ねていることが多いものです。

そして、それを言い訳にして、自分の内側の声を無視したり、諦めようとしていることも多いのです。

やってみなければ分からないことが多いのに、やる前から諦めようとしているのです。

そして、決められないまま時が過ぎていくと、「ほら、やらなくて良かったでしょ!」ということを証明するための証拠となるものを外側に見つけに行ったりすることも・・・。

自分の決断を正当化して納得させようとする行為。

ここまでして納得させる必要があるのは、本音や内側の声が、決断したこととは違っていたからですね。

「人生を変えたい」「変わりたい」と思いつつ、何も変わらないことを選択しているのです。

 

迷う時に恐れが隠れている場合には、その恐れは何に対するものなのかを見てみましょう。心配しすぎて心配ばかりしているのは、何も対策をとっていないので、いつまでのその状態のままになります。

日本人の遺伝子は、最悪を想定して危機管理する傾向が強くなっていますから、最悪を想定してそれに対する対応と備えが出来れば安心して取り組むことが出来るようになるでしょう。それに、対策を取り始めると、その行動をしていくなかで思い込みに氣がついたり、思考の転換ができたりすることもあり、恐れではなくなることもあります。

対策をとることで、楽しく取り組むことが出来るようになりますし、時間を無駄にしなくても済みます。

 

内側で感じることがあるのに、外側の条件などの思いこみや囚われで素直に行動出来ないとき、出来るかどうかわからなくて進めないとき、もう一度あなたはどうしたいのか内側の声を聴いてみることをおすすめします。

実際に行動しようとするとき、タイミングなどのときを待つことや状況を整えることも必要なとこもあるので、達成するまでに長い時間が必要なこともあるかもしれませんが、諦めずにその声に従って行動していくことで、あなたは自分の人生を生きている喜びを実感することが出来るようになるでしょう。